岡崎好秀 (おかざきよしひで) 岡山大学医学部・歯学部附属病院 小児歯科 講師 |
歯は心の履歴書東京都歯科医師会の調査によると、虐待を受けていた乳幼児のむし歯保有者率は同年齢児の約2倍、1人平均のむし歯本数は3倍、治していないむし歯は約6倍になるそうです。 また虐待を受けていた学童でも同じように、7〜8歳児のむし歯の保有者率は同年齢児の2倍、12歳児の1人平均のむし歯本数は3倍。そして12歳児では、同年齢児の約3割しか治療がされていないそうです。 むし歯の本数だけから虐待を疑うのは危険ですが、子どもに対する関心のなさがむし歯をつくり、虐待にもつながっているのではないでしょうか。 さてここに、18歳のある少年の口のなかの写真があります。第2大臼歯だけがひどいむし歯ですが、それ以外はむしろきれいです。どうして第2大臼歯だけがひどいのでしょうか? 歯が歯ぐきから頭を出した直後は、むし歯になりやすい時期です。第1大臼歯は健全ですから、小学校低学年までの口腔環境は非常に良かったのだろうと思われます。また第1・2小臼歯の様子からも、小学校中・高学年の頃も問題はなかったと思われます。 問題の第2大臼歯がむし歯になりやすい時期は中学生です。その頃は、保護者や社会に対して反抗的となる思春期ですが、この時期に少年の身の上に何かが起こった可能性があります。 実は、この写真は、少年院に入所している少年のものです。 少年犯罪と一口に言っても、殺人・暴行などの凶悪犯、万引きなどの窃盗犯、さらには覚せい剤取締まり法違反など、さまざまなものがあります。その少年たちを、別の切り口で二つに分けることができます。 一つは、単独犯もしくは集団のリーダー格で、凶悪犯罪のため少年院に入所している少年。すなわち主体的な悪(ワル)といってもいいような少年です。もう一つは、周りの悪い仲間に引っ張られ非行を犯した少年で、いわば従属的な悪(ワル)です。 前者の「主体的なワル」の少年と、後者の「従属的なワル」の少年の口腔内を比較すると大きな違いがあり、少年たちの犯罪の背景が、歯科医師の立場として想像できるような気がします。 前者の犯罪の根は、幼児期の頃からの、愛情が不足した家庭環境によってつくり出された可能性が高いのです。一方、後者の保護者は、かつてはむし歯予防に熱心だったことが想像されます。ところが少年の思春期に何かが起こったのです。自分を見失っていた時に、悪い仲間に誘われたのかもしれません。あるいは、保護者の過保護・過干渉に対する反抗かもしれません。 以前、少年たちの歯科治療を行なっていた少年院で、先日講演してきました。 この少年たちの口腔内は、「おいおい! 10代で、この口か?」と驚くようなひどい状態でした。シンナーは歯の象牙質を溶かし、むし歯を急速に進行させます。また覚せい剤を使っていた少年たちには、いくら麻酔をしても効かないのです。 さて少年院の講堂に入ると、全員目を閉じて黙座していました。 少年院に入っている期間は、平均1年だそうです。最初の3ヵ月は、私語は禁止です。話をすると、「どんな事件を起こして入ってきた・・・」という話になるからです。 講演では、まずスキー競技の有名なジャンプ選手の話から、歯のかみ合わせの大事さを話しました。そして野球のイチロー選手の話に話題を移し、「イチロー選手は1日に5回、歯を磨くそうですが、どうしてだと思う?」と少年たちに問いかけました。 「イチロー選手の目標は、すべての打席でヒットを打つことなのです。その自分の夢をかなえるために、しておかねばならないことを、イチロー選手はすべて実践しているのです。歯を毎日5回磨くことも、10割打者を目指すためにできることの一つとして考えているのでしょう。イチロー選手は、野球を通じて自分を磨いているのです。みなさんも退院した後、仕事につき、結婚して家庭を持つ・・・。いろいろな目標があると思いますが、その目標に向かって、いま何をしておけばよいかを考えるのが、みなさんの現在の課題です」 そう話した瞬間、あきらかに少年たちの表情と講堂の雰囲気が変わりました。 歯は、心の履歴書です。子どもたちの口のなかを診ながら、子どもたちの心をも把握した検診にしたいと考えています。 |