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北海道農文協講演会 日時:2004年1月28日 13:00〜15:30  
場所:クリスチャンセンター(札幌市)

結城登美雄氏講演会
「北海道から、食の地方分権」

<沖縄の「あたい」>

私は、最近沖縄へ通っています。やんばるという地区に行って、80歳〜100歳のじいちゃん、ばあちゃんにインタビューをするのです。言葉がわからないから通訳の人がいますよ。沖縄のおじい・おばあは東北の年寄りに比べると15歳は若い気がします。私が通っている家のひとつに105歳のばあちゃんがいます。娘と2人暮らしですが、娘といっても70歳です。こんな世界でです。
ここで、みんなが持っているものがあります。それは「あたい」といって、小さな家庭菜園です。そこで30種類くらいの野菜をそだてています。

<食べ物は「ぬち(命)ぐすい(薬)」、畑が薬箱>

そんな長寿のおじい・あばあに「食べ物の安全・安心って世の中で叫ばれているけど、どうしたら良いだろう?」と聞くと「自分で作ればいいじゃないの」と言います。彼らにとって「あたい」は大切な場所なんですね。沖縄には「てーげ」という言葉があります。いいかげんという意味なんですが「長生きするための食べ方のコツはなにかある?」と聞くと「てーげだ」と言うんですね。いいかげんだと。そして少し考えてから「ぬちぐすいだなあ」と言う。「ぬちぐすい」という言葉の意味は「ぬち=命」で「ぐすい=薬」です。ようするに食べ物は命の薬だということです。沖縄の「あたい」には必ずヨモギが栽培されています。ここ(北海道)でヨモギを栽培している人はいるでしょうか?ヨモギは勝手に生えてるくるもので、意識的に栽培している地域はあまり無いかもしれません。ヨモギを1日、2日食べると調子(血のめぐり)が良くなるそうです。彼らにとっては畑が薬箱なんですね。

<ゆいまーる>

沖縄で面白いと思ったのが、それぞれの「あたい」がやりとりをしていることです。これを「ゆいまーる」というのですが「ゆい」は「結」ですね。例えば俺は葉物が苦手だけど根物は得意という人がいます。逆に私は葉物は得意だけど根物が苦手という人がいます。そういう人たちが自分に必要なものを分け合うのです。したがってこの地で育つ野菜はほとんど外で買うことがありません。沖縄には「ゆんたく」というのがあって、朝5時ごろに長老の家にみんなが集まる風習があります。毎日です。そこで野菜のやりとりの話をしているようです。私がお邪魔したときは15・6人いました。迎える方はお茶を出します。おやつは黒糖と決まっているようです。そこで「昨日は風が強かったねぇ」とか「今日は〇〇さんは本土へ行っていないよ」などと1時間くらいたわいもないことを話していきます。その話が終わってから、それぞれの畑に行くんですね。その時の畑に向かうおじい・おばあの後姿はなかなかいいものでした。

<共同店>

こうした沖縄の村では野菜をほとんど自分たちでまかなっているので、外では買いません。酒など自分で作れないものは「共同店」で買います。村には「共同店」というものがあって、村全戸で出資して運営されているお店です。子どももおじいも村人のみんなが出資者なんですね。生まれたばかりの赤ちゃんも生まれた瞬間から出資者になるのです。皆でお金を出し合って皆で育てていくという精神のお店です。村人の必要から生まれた共同店。最初にできたのが明治39年だったそうです。ビールを買うと今ではディスカウントで大量に仕入れれば一本140円で買えるものがありますが、ここでは140円で仕入れても必ず定価の220円で売られます。村人はここは高いから外で買おう、とは言いません。ちゃんとこのお店で買っていきます。そうすると80円は店の利益になりますが、こうして集まったお金は、今後何に使うか、みんなで話し合って決めるのだそうです。私はこうした小さな社会を大切にしたいと思います。

<地域という概念>

いろいろなところで「地域」という言葉を聞いたり、私も話したりします。どのように地域を捉えるかによって意味あいが違ってきます。エリアと捉えたり、マーケットと捉えたり、コミュニティーと捉えたりいろいろありますね。私はどのように捉えるかというと「家族の集まり」と考えています。基本は食べ物を一緒に食べる「家族」です。有名な哲学者のソクラテスが国を作るときに一番大切なことは「あらゆる必要の中で、最初の、そして最大のものは、生命と生存のための食料の供給である」と言っています。

<自給率40%はよくやってる!>

最近、色々なところで話しをしているせいか、色々な人が来て質問を受けることが多くなりました。必ずと言って聞かれるのが「日本の自給率は40%です。先進国で自給率がこんなに低いのは日本だけです。どうすればいいですか?」と。どうしてかそういうことを聞く人は偉そうなんですね。あまりにこの質問が多いので最近は答えるのも嫌になってきました。正直言って私もわかりません。私が聞きたいくらいです。これからはそうやって答えようかと思っているんですがね。
 ただ、一つだけ言えることがあります。この自給率の数字はどのように計算されているか、ということ。これは「全消費量(kal)」を「全生産量(kal)」で割って100をかけた数字です。「全消費量」とは日本国民1億2680万人の毎日の食事量ですね。1日に3食分あります。これに対して「全生産量(kal)」は農家が作っている生産量です。これを何人くらいの農家が作っているかわかりますか?あまり答えられらないと思うけど・・・。400万人です。国民1億2000万人に対して400万人というと3%ですよ。この3%の人が残りの97%の人を支えていることになります。しかも400万人の農家の67%が60歳以上です。この人たちに支えられているんです。農家はここ数年で激減している。こういったなかで40%を保っているというはよくやってる!と言えませんか?このような背景を考えて数字も見ないといけないと私は思っています。

<食の国道・食の県道・食の市道・食の町道・食の村道>

北海道は自給率が180%あります。国の政策でも日本の食料基地として確立されてきました。私の住む東北も6県の平均でまだ100%は超えています。それでは東京の自給率はどれくらいかわかりますか?1%です。大阪が2%、神奈川が3%です。首都圏は食料を全て他の地区から依存して成り立っているんですね。何かあったら食べ物が全く手に入らないのです。このことを東京で話すと「どうしたらいいんでしょう?」と不安に思って聞かれますが、私には外国のものを食べるとか・・・それぐらいしか言えません。でもこうして考えると、特にここ(北海道)では、食べ物を作る人が身近にいるんですね。この時代とても幸せなことです。
 フードマイルという言葉が流行っています。「野菜」のフードマイルは平均780キロだそうです。「果物」は1350キロ。長い旅です。本当は食べ物はおいしく食べる時間があるんですけどね。今の日本では、地方から首都圏に向けて全ての食べ物が向かうようにできています。食べ物を皆に回すためにと、国が整備した「食の国道」です。「食の国道」を通って都市へ行ったあと再び地方へ配給されるようになっているのです。これはおかしなことだと思いませんか?もっと色々な道を作らなければダメだと思います。みんな「食の国道」を通って都市に行くのではなく身近な所へ行く「食の県道」があっても良い。もっと身近な「食の町道」「食の村道」や「食のあぜ道」など色々な道を作るべきだと思います。

<ダンボール農業>

昭和30年代はほとんどの人が食べ物は自分で作り、自分で食べていました。地方ではほとんどの人が第一次産業に携わっていました。昭和40年以降です。村の若者がみな都市へ移動してサラリーマンになったのは。食べ物は買って食べるようになります。ここで食べ物が商品となりました。また「食の国道」を通って都市へ運ばれるときに都合の良い入れ物がダンボールなんですね。1箱に入る大きさとしてL・M・Sと規格ができました。全てこのダンボールの大きさに合わせて栽培されるように指導されます。作る人の都合や畑は関係ないのです。都市へ運ぶための都合で、農家は野菜を作らなければいけなくなったしまったのです。私はこの農業をダンボール農業と言いたくなります。曲がったキュウリは運びずらい。これは商品ではないということで売れないのです。僕の知り合いのキュウリ農家がキュウリの下に一本一本おもりをつけていたことがあります。あの悲しい光景は今でも忘れられません。

<見捨てられてたけれど開放された自給的農家>

 農水省は1991年以降、データの取り方を変えました。農家を大きく2つにわけました。「販売農家」と「自給的農家」です。面積が30a以下で、農業所得が年間50万円以下のばあいは「自給的農家」です。それ以外を「販売農家」といいます。いま私たちが見る農業データは全て「販売農家」だけを対象にしたものです。農水省はこの「自給的農家」を農業の担い手としては見ていないのです。調査もしないのでデータもない。当然政策もありません。
だけど農家というのは面白い。農水省に見放されたとたんに直売所が増え始めました。みんな「自給的農家」です。かえって自由にできる!ということでしょうか。東北では平成7年以降に1500個所の直売所ができました。私の近くの村でも東北のある直売所が年間2億円に達した!といううわさが流れて、これがひたひたと広がっていくんですね。私も出してみたい!私も!と。ここ数年、全国レベルでみると1万個はできたと思います。考えてみてください。今の日本で1万個の店舗ができたということを。コンビ二以外に考えられないですね。この直売所のほとんどを「自給的農家」が支えているんです。時代というものは変えたいと言っても変えられません。こういった動きが今の時代の流れなんです。この動きに私は希望を感じます。

<食の地元学>

でも、ただ直売をすればいいというものでもないと私は思っています。競争して、儲かるか儲からないか、それを追求していくだけでは今までの農業と同じになってしまいます。競争して金に追われ、時間に追われ、疲れていくだけの農業です。地元の人が自分達の食べ物を作ってくれている人が身近にいて幸せだなと実感できるような農業をどうやって作るか。そうするには地元の人が何を欲しているのか耳を傾けなければいけません。昔からその地域にある手間暇かけて作る料理を食べたいという人がいます。そういうものを探していくことを私は「食の地元学」と言っています。「地産地消」ではなくて「地消地産」です。ここに地域の豊かさがでてきます。こういったものを行政や農協の「営農計画」にしなければいけないと私は思います。

<シルバーレストラン・農村パブ>

イギリスの農村にはシルバーレストランというものがあります。店に通っているおじいさんにお店のことや、どうしてあそこへ通っているのか、と聞いたことがあります。そうすると「あそこは俺に合わせて塩分を控えめで作ってくれるし、油も控えてくれるんだ」と返ってきました。そして自宅から歩くと30分はかかるのですが、必ず歩いていくというのです。これも健康のバロメイターになるから必要なことだというのです。
アイルランドにも同じようにパブがあります。日本ではパブというと水商売的なイメージですが、正式にはパブリックハウスというんですね。みんなの集う場所です。
これからは日本にもこういう場所が必要になってくるんじゃないかと思います。家庭の食卓だけではなく、地域の食卓です。地域の茶の間、地域の台所、そういった場所です。そこへ行けば友達に会えるし、話しができる。そして懐かしい料理が並ぶという場所です。日本にも多種多様なシルバーレストランが必要だと思います。

<ゆっくり話すことのなくなった農村>

東北の農村を回って農家のじいちゃん、ばあちゃんに話しを聞くために声をかけると「まず上がれ」と言います。それで家に上がって少し話をしていると「飯でも食っていけ」と言う。じゃあせっかくだからと思ってご飯をご馳走になって、また話をすると「酒でも飲んでいけ」となる。それじゃあちょっとだけと飲んでいると「今日は泊まっていけ」となります。まあこんな感じで色々と迷惑をかけているんですが、次の日、家を出るときは必ず「また寄ってくれ」と言ってくれるんですね。そしてこの前、ある家でそうして泊まって帰るときに「ひさしぶりにゆっくり話をした」と言われたんです。どうもこの言葉が頭に残ってしまったんですが、最近は農村でもじっくり話しをすることが無くなってきたのかなと思わされました。

<大学の「環境学部」は詐欺ではないか>

私は宮城教育大学で非常勤講師を10年やっています。環境学部で教えているんですが、生徒が3年生になるとこんな質問をしてきます。「先生、『環境』の分野の就職先ってどんなところですか?」。世界的にも21世紀のテーマは環境だといって国際会議やフォーラムをやっている。日本も環境、環境と叫んでいます。教育でも環境学習と叫んでいます。そんなに大切だと言いながら、大学で環境学部まで作ってあるのに、実際社会に出てから環境問題をまともに扱って仕事をする場所がいまはほとんどないんですね。これは詐欺だと思いますよ。大人達が用意をしていない。ほんのごく一部の人が行政マンになって環境庁に勤めることはできますけどね。私たちだったら大学の環境学部に対して、この現実は詐欺ではないか!と告訴することも考えられますが、今の学生ではそんなことはできないですね。

<農業特別公務員制度>

バカにされるかもしれませんが私は「農業特別公務員」制度というものを作って地方行政に実施してほしいと思っています。「地域防災」「地域福祉」「地域環境」と3分野の柱をたてて、それぞれ10人ずつの募集枠を作る。1年間に1人50万円ずつ支給します。そうすると年間1500万円の経費で30人の雇用ができることになります。この人たちは50万円だけでは食べられないので、農業をしてもらい自分のライフスタイルに合わせた規模の農業をしながら、担当分野の仕事を行政と一緒に作っいってもらう。制度は3年で打ち切ります。行政マンを長くやると堕落しますからね(笑)。そしてその後、この地区で農業をしたければNPOなどでやらせる。そのような受け皿もいくつか作っておきます。今、日本に400万人のフリーターがいて、その15%が農的な暮らしに憧れているというアンケートがあります。こうした若者の思いを汲みとる手立てとしても、農村の過疎対策としても是非考えてやってほしいと思っています。
私の息子も今年から1町4反の畑で就農したんです。だから新規就農のことは色々と耳に入ってきます。いま、どこの県に行っても新規就農を応援します!などと大きく旗を掲げていますが、実際にはいくら持っているのか?いくら借金できるのか?などと聞かれ、用意される畑や施設は大きく、莫大な資金がかかるものです。何も知らないでスタートするにはハードルが高すぎます。フリーターの15%が農的な暮らしに憧れを持っていると言いましたが、今の社会組織ではそのような若者を救いきれていない。そして地方では過疎化だとか叫んでいる。地域行政が年間1500万円を用意するのは可能だと思うんですけどね。

<男たち>

 いつからでしょうか、日本の男が日銭や小銭を軽く考えるようになったのは。私も広告代理店を経営してきたのでわかるんですが、いまだかつて商工業で日銭や小銭をバカにしてきたことは歴史的にはありません。
 農業も同じですね。今から10年前、直売を始めたときに男たちはみんな「恥ずかしいからやめろ」と言いました。JAは無視してきましたね。日本の農業も規模拡大して効率的に高収入を得るという夢を追ってきました。大きい農家も必要だと思いますが、小さい農家も必要なんです。その多様性が必要なんです。ライフサイクルに合わせた多様な農業が必要です。これを実現させれば若い人はどんどん田舎に来ると思います。
 1つの事例として紹介しますが広島県のJA三次では、直売農家を組織しはじめました。そして広島市内に直売店を出しています。この直売所の売上が年間5億円です。村上組合長さんと話をしたら20億円はいくだろうと言っていました。いまこうしたJAも出てきました。

<母ちゃんたちのせつないほどの危機感>

最後にこの4日間北海道を回ってきた感想ですが、直売をしていたり、直売に関心を持っているたくさんの農家の女性と関わってきました。最初、彼女たちの印象はとても元気だあというものでした。でもよくよく思い返してみると元気なだけではない。あの女性たちの目の奥からは「せつなさ」や「危機感」を訴えていると感じます。こういう女性の訴えを、救えるような、多様な農業の展開をして欲しいと思います。この北海道という広い大地で、ぜひ実現させて欲しいと思います。ボーイスビーアンビシャス、ビーアンビシャスという言葉のもとに実現させて欲しい。もう時間はありません。時代は変わってきています。本当に多様な農業の実現をして欲しいと思っています。

 

●参加者の感想

●農家男性──話しを聞いて涙がでてきました。いろいろな講演会でよく話を聞く機会はありますが、今日は現場の農家の生身の人としての思いを代弁してくれたという感じでした。本当にありがとうございました。
●農家女性──私はタマネギをずっと作ってきました。たくさん農薬かけて。でも食には関心があって、ずっとかくれて「食」の勉強をしてきました。新聞なんかを切り抜いたりしてですね。農薬をかけすぎたのか畑にはスギナが増えてきたんです。それから思い切って直売を始めたんです。無農薬で作って直売に出しています。まわりからバカにされることもありますが、喜ばれることもあります。今日は先生の話しを聞いて、私の考えていること全てが同じだと思いました。本当にありがとうございました。
●農家女性──今まで八百屋をしてきましたが、昨年から念願の農家になりました。お話しを聞いてとても嬉しかったです。暗いばかりの農業じゃない!ということを広げていきたいです。今日は来て本当に良かったです。

(文責:北海道農文協事務局)


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