●巻頭特集 自然農法が知りたい
『農薬をやめたらどうなるか?』コーナーより
自然栽培「奇跡のリンゴ」に学んだ畑はどうなった?
佐々木悦雄さん 岩手県遠野市・佐々木悦雄さん
防除なしでは収穫は無理といわれるリンゴの
無農薬栽培を実現してみせた木村秋則さんは、一躍、時の人となった。
では、その木村さんに弟子入りして、
リンゴの無農薬・無肥料栽培を始めた人の畑はどうなったのか――。「定年帰農」を機に自然栽培
岩手県遠野市の佐々木悦雄さん(64歳)は、60歳までは地元の建設会社の社長だった。27歳で会社を継いで30余年。土建屋の仕事に飽きて、会社を弟にまかせようと思っていたころ、自然栽培の講演のためにちょうど遠野にやってきたのが木村秋則さん(青森県弘前市)だった。
家には1haを超えるリンゴ畑があったが、管理をするのはおもにお母さん。共同防除の組合に入っているので、防除とせん定は頼むことができた。それ以外の収穫と下草刈り、施肥は自分でやらなければならなかったが、高齢のお母さん中心の管理では手がまわらない。それで、当時もすでに4年ほどは「無肥料栽培」になっていた。
肥料はともかく農薬なしでリンゴがつくれるなんて信じられない。木村さんの講演は冗談半分の気持ちで出かけたそうだ。ところが――
佐々木さんの自然栽培の師匠・木村秋則さん(倉持正実撮影、以下Kも) 「木村ウイルスに感染したんでしょうね」
今までたいして興味がわかなかった農業を、60歳を機にやってみたくなった。そして、どうせやるなら今からでは「地域の先輩方」に追いつけそうにない慣行農法よりも変わったことをやろうと、木村さん塾長の「遠野自然栽培研究会」の会員になった。1.5haのリンゴ畑を自然栽培することに決めた。
それから4年。肥料だけでなく農薬も使わなくなったリンゴの樹は1年目から激変した。まずは、その経過を追ってみよう。
1年目 葉がなくなった、秋に花が咲いた
春、花が咲いて小さな実がついて摘果をするところまではあたりまえ。とくに変わったことはない。5月、6月と進むと虫に食われた葉っぱが目立つようになってきて、「あー、やっぱりな」という感じ。7月末から8月初めになると、モニリア病が極端に広がってきた。展葉したばかりの若葉から病斑が広がって、葉ぐされ状態になっていく。
8月中旬くらいから葉がパラリ、パラリと次々落ちていく。斑点落葉病の猛威! 結局、9月前半には葉っぱがほとんどない状態になった。葉がなくては実が太らない。冬のリンゴのような寒々しい枝にポツポツついた果実のほうも、せいぜい直径は7〜8cmくらいで生長停止。
9月末になると、いっせいに花が咲きだした。これで翌年の花芽がなくなったから、もう次の年の結果まで見えたようなもの。生長を止めたリンゴは糖度が11度くらいしかなかったが、ジュースにしていくらかは売れた。
2年目 花はふだんの1割、珍しい害虫まで出てきた
花の数はふつうの1割くらいしかなかった。木村さんには、シンクイムシを防ぐのに袋をかけたほうがいいと言われてやったが、数が少ないのでラク。
9月になるとやっぱり葉がなくなって花が咲いたが、前年ほどではない。
袋をかけたおかげで、果実につく黒星病やすす斑病を防ぐこともできて、きれいな肌の小ぶりのリンゴが何kgかとれた。
1年目にくらべて害虫が増えた。いちばん目立ったのはハマキムシ。そのほか、セグロシャチホコ、さまざまなガの幼虫。また、チョッキリムシというリンゴ園ではまず見かけない害虫まで出てきた。その代わり、1年目は見られたハダニは、2年目以降はほとんど見かけなくなった。
リンゴ園の病害虫
(初夏)モニリア病。当初に比べて蔓延することがなくなってきた 3年目 葉が残るようになってきた
モニリア病の勢いがやや弱まった感じ。その後、黒星病・斑点落葉病などに侵されるのは変わらないが、9月後半まで葉が残るようになってきた。秋に花が咲くことはなくなった。
やはり生食できるリンゴはわずかだが、ジュース用は増えてきた。自然栽培のリンゴジュースは人気ですぐ売り切れ。
4年目 収穫量が増えてきた
モニリア病は弱まっても、相変わらず病気は出るし、虫にも食われる。だが、9月、10月まで残る葉はさらに増えた。
9月にとれる早生種のつがる・きおうを中心に50kgくらいが生果用として収穫できた。中生のジョナゴールドもきれいなのがとれた。ジョナゴールドは比較的病害虫に強そうだ。だが、11月収穫の王林・ふじは途中で生育ストップ。
ジュース用には合わせて2t分くらい収穫できた(リンゴジュース1.2t分)。
リンゴの無農薬はやっぱり難しい、が…
佐々木さんの自然栽培 チョッキリムシ。幼果を根元からプツッと切ってしまう ハマキムシ類 いま振り返れば2年目が「いちばんみじめな姿だった」と佐々木さん。リンゴは少しはとれるようになってきた。とはいえ、1.5haの畑があれば収穫は30tくらいあるのがふつうなので、生果・ジュース用を合わせてもまだその10分の1にも届いていない。
「だから木村さんは『奇跡のリンゴ』、私のは『幻のリンゴ』と呼ばれています」
自然栽培のリンゴもリンゴジュースもなかなかの人気だ。でも、こんな少量生産は、リンゴがとれなくても生活の心配をしなくてもすむ佐々木さんだからできることでもある。近所のリンゴ農家も、興味はあるようでよく見に来るが、やってみようという人は誰もいない。
佐々木さんの4年間をふりかえってわかるのは、やっぱりリンゴの無農薬栽培は難しいということだ。肥料もやらない自然栽培なら病害虫は減りそうな気がするが、事はそれほど簡単には進まない。だが、秋に花が狂い咲きするほど樹が弱ったところから出発しての1年1年の変化も気になる。ジリッジリッと、リンゴの樹は病害虫に耐える力を増しているように見えるではないか。
農薬の代わりに食酢を散布
佐々木さんのリンゴ畑でのおもな作業は次のとおり。自然栽培といっても、何もしないで放っておくわけではない。
・2〜3月…せん定。量よりも生食できるリンゴをいかに多くとるかが大事なので、光がよく入るよう強めのせん定。無施肥リンゴの樹勢を保つためでもある。
・4月末…食用廃油の散布。害虫の卵、若齢幼虫を窒息させる。
・5月…開花前から食酢の散布。食酢の散布は、以降、一般の防除暦の農薬散布時期に合わせて13回前後。土を踏み固めるSSは使わず、動噴のホースを引きながら散布。
・6月…作業の邪魔になるところを草刈り。ただし短く刈らないで10cm以上残す。摘果、袋掛け。
・9月…上旬に草刈り。地温の変化をリンゴに知らせて、果実を実らせる態勢にもっていくため。
木村さんの食酢の散布は7〜8回。だが佐々木さんのリンゴは、30年も無農薬を続ける木村リンゴほど病気に強くないので回数を増やしている。酢は害虫にはほとんど効かないが、病気の菌を抑える効果は多少あるかなと感じている。
下草で山の環境に近づける
生えている草は場所によって違う。ここはクローバやタンポポ、オオバコなどが多い ただ病気も、酢だけで抑えようというのではない。大事なのはリンゴの樹を取り巻く環境だという。
かつて自然栽培が失敗続きだったころの木村さんは、収穫のない年が続いて経済的に追い詰められ、死を考えて山をさまよった。そのとき気づいたのが山の環境を畑に取り入れることだった。肥料も農薬もなしで樹木が茂る山では誰も下草を刈ったりしていない。
当時、1カ月に2回くらい丁寧に下草を刈っていた木村さんのリンゴは、無農薬1年目の佐々木さんと同じ状態を経て、一時は花が咲かない年が続くほど弱っていた。それが、下草を刈らない管理を取り入れることでふたたび花が咲き、実がなった。じつに無農薬栽培8年目のことだそうだ。
一方、下草をあまり刈らない管理とともに自然栽培を始めた佐々木さんのリンゴ畑は、無農薬3年目になると、病気・害虫は出るものの9月後半まで葉が残るようになった。秋の開花もこの年からなくなっている。4年目になるとその傾向はいっそう強まって、収穫の早い早生・中生では、葉の光合成が実を太らせるのに間に合ってきている。木村さんの無農薬30年の経験が土台にあるぶん、樹の変化は早そうだ。
草が地力を高める、病害虫に強い環境をつくる
手前はギシギシ、奥のほうはオーチャードが多い では、下草を刈らないことにどんな意味があるのだろうか。
はっきりわかるのは土の違いだ。無農薬で30年、下草を残す管理で20年以上の木村さんの畑は、太い支柱がグッグッと1m近く押し込める。掘ってみると表層ほど団粒化していてコロコロ、サラサラした感じの土。保水力も透水性もある。一方、その木村さんに学んで5年目の佐々木さんの畑は、そこまで柔らかくはないが、歩いていて足の裏にホクホク伝わってくるような弾力性が出てきた。この土の変化が、リンゴの樹の力を高めることにつながっていそうだ。
佐々木さんの畑にはマメ科のクローバも多いので、空中チッソを固定して地力を高めることにも役立っているはずだ。最近はクローバよりオーチャードが優勢になってきたが、近くの転作田で肥料をやってつくる牧草などより色が濃くて立派に見える。この地力はリンゴの生育にも役立っている。
「草が茂っていると養分をとられるといってふつうは嫌うんですが、そうではないと思います」
佐々木さんは、自然栽培との比較のために農薬を70%減らした減農薬リンゴも17aつくっている(注)。ここも草は生やしたまま。そして、自然栽培と同じくもう8年くらい肥料は入れていない。それでも収量は周囲の慣行栽培と変わらないし、昨年はむしろ多いくらいだった。
モニリア病のとらえ方も間違っているように思える。湿気があると広がりやすいので草を刈れといわれるのだが、佐々木さんは、草を生やした自然栽培の畑ではこの病気の広がり方が年々鈍くなっていると感じるからだ。木村さんのところにいたっては、モニリアはもう出なくなったといっている。
また、下草は天敵のすみかにもなっていそうだ。ダニ以外ではまだ害虫が減った実感はないが、ハチやクモが増えた。秋になると、クモの巣を手で払いながら動噴で食酢をまく羽目になる。
木村さんのリンゴ畑を掘ってみると… かなり雨が降った後だったが、雑草の根や落ち葉の下はコロコロした団粒構造。大雨が降っても水がスーッとしみ込むという(K)(2008年10月号より) 小さな園芸用のシャベルで20cmくらいは簡単に掘れる(K) 病気に負けない葉が命
草と土の関係、そしてこれらとリンゴの樹との関係??。自然栽培には、農薬や肥料を使う栽培では隠れていたものが見えてくるという側面がありそうだ。そして、そのなかには、これまで常識と思っていたことと正反対の作用をもたらすしくみもあるということか?
前歯がないままにしている木村さんは「(芸能人だけでなく)リンゴも私も葉(歯)が命」といってよく笑わせる。たしかに葉がないことには、実が太らないし、花を咲かせる養分も樹体に蓄積できない。その木村さんが大事にするリンゴの葉は、黒星病や斑点落葉病に感染しても枯れず、病斑部分だけが丸く抜け落ちるそうだ。穴がポツポツ開いたままでも10月まで葉が残っているから光合成ができる。だから、無農薬でも一般のリンゴの2割減くらいの収量があるし、糖度は15度前後になるという。
草と土とリンゴの関係(そこに微生物もかかわる?)は、斑点落葉病のような難病にまで打ち勝つ力を覚醒させるのだろうか。
自然栽培リンゴは歯ざわりが違う
自然栽培5年目の佐々木さんのリンゴも、病気に負けない葉がこれからもっと増え、リンゴの太りももっとよくなっていきそうな気配がある。4年目の昨年、早生のつがるは、収量は少ないが味はあたりまえになっていた。減農薬栽培する17aの畑のつがると区別がつかなかった。収穫時期まで光合成能力が維持されることで糖度も上がるからで、他の品種のリンゴの味もこの葉っぱの力しだいだ。
自然栽培のリンゴは形が小ぶりなうえ、歯が当たったときの感触がふつうと違う。
「味を感じる前に『あれっ』て思うんですよ。パリパリ感があるんです。日持ちもします。早生は一般にすぐモソモソした食感になりやすいので、1〜2月に食べるとはっきり違いがわかります」
このパリパリ感は、佐々木さんの減農薬・無肥料リンゴにも共通するそうだ。これも施肥をやめることで見えることの一つだろうか。
(注)発芽前と落花直後を逃さずに防除することを心がけたうえ、散布回数を防除暦の半分の6〜7回に。そのうえ、SSで農薬を散布するときに一列とばし(とばす列は毎回交互に変える)に走ることで薬液量を半分に減らす。すると、年間の散布量はふつうの30%くらいになる。
この記事の掲載号『現代農業 2010年8月号』肥料をやめたら・草を活かしたら・農薬をやめたらどうなるか?/稲作 品種別穂肥診断/野菜 光合成細菌/果樹 SS散布術/茶のクワシロカイガラムシ防除/夏野菜のスピード料理/「加工で活かす」はオレが引き受けた ほか。 [本を詳しく見る]