作=スズキ コージ
1948年、静岡県浜松市生まれ。20歳の時、東京新宿の路上で初個展。71年日本橋プラザディックにおいて個展『コージズキンの世界』。画集『ゼレファンタンケルダンス』(リブロポート)、『大千世界のなかまたち』(福音館)、『サルビルサ』(架空社)、自伝的童話に『てのひらのほくろ村』(理論社)、『かくれんぼ』(福音館書店)ほか作品、アートパフォーマンス多数。夢遊病的誇大妄想魔法画家。(→スズキコージ公認ホームページ ZUKING)
おかしな家族
30年程前、ジャン・コクトーの『おかしな家族』という短篇に、絵を描いた事があって、太陽のパパと、月のママの間に子供が生まれ、2人は家庭教師に犬の先生を雇い、子供を預けるのだが、その子供はすっかり犬のように教育されて、授業中でも、あちこちかまわずオシッコしたりで、パパとママは、嘆くという内容で、おかしかった。
こちらの『そらのおっぱい』の天上に住む多産系のママは、自分の赤ん坊たちを数えるのが困難なくらい毎日忙しい。
昔から「赤ん坊を天から授かった」といわれるが、この話は本当に赤ん坊が天から降ってくるのだからすごい。
やはり30年程前、富山県能登半島突端の狼煙というところに、真冬の雪の中に行ったことがある。
地元の人にいわれを聞くと、古代に日本海に浮かぶ舟に向かって、乾いた狼のフンを燃やして合図を送ったそうで、『そらのおっぱい』でも、そらのママに、のろしの煙の手紙を送るシーンが感動的である。
ラストでは、そらのママからのお礼に、おっぱいの雨が降ってくるシーンの喜びの大合唱が聞こえてくるような絵が素晴らしい。
村人たちは、その乳でチーズをつくって、食べた人しかどんなにうまいかわからないのは、もっともな話で、想像するだけでも生ツバが出る。
そらのママに赤ん坊がたくさんいるという事は、そらのパパが存在するわけで、ジャンコクトーの『おかしな家族』のように太陽のパパだったら、どんな絵になるだろうね?
とにかく、大畑いくの君の空飛ぶ魔法の絨毯織のような絵で、そらのおっぱいは堂々完成した。
この絵本をみなさんの眼・耳・鼻・舌で、とっくり味わっていただき、そらのおっぱいの、むせかえるような喜びに包まれることを願います。
絵=大畑 いくの(おおはたいくの)
1973年、神奈川県横浜市生まれ。ワイオミング州のWestern Wyoming Community Collegeで油絵を学ぶ。同校卒業後、シアトルで露天商生活をへて、2000年帰国。05年、東京・中野での初個展以来、数々の個展、グループ展、ライブペィンティング、挿絵の仕事をこなす。作品に『貝のなる木』(編集工房くう)、『ハナノマチ』(月刊MOE 07年11月号)など。古布を使った人形づくりに夢中。
偉大なおっぱい
赤ちゃんが乳に吸いつく姿っていいもんです。力強くて美しい。かつて自分もあの人もこの人もそんなふうだったなんて、とても信じられないけど。
私はミルクで育ったらしい。よく飲むまるまる太った健康優良児。必ず男の子にまちがわれたそうです。そんなドッシリベイビーだった私ですが、夜泣きが突然はじまりました。ミルクも放りだし、えいえんと泣き続ける声はすさまじく、とうとう私たち家族4人は住んでいたアパートを追い出されることになってしまったのでした。母は困ったことに私をおんぶして小さな兄の手をひいて、冬の寒空のなか不動産屋を見て回らなければならなくなった。まったく覚えのない私は面白い話だなあと思うのです。
「そらのおっぱい」の赤ちゃんはおなかがすいて泣きわめくのですが、ぐびぐびと村中のお乳を吸いまくる。すごい生命力。ラストにはおっぱいがそらから「どーっ」とふってくるなんて、もう、最高。喜びです。
改めて乳は偉大だなあと思うのです。赤ちゃんは生まれてからしばらくは乳のみでぐんぐん育つ。おなかが空いて、泣いて、乳を飲んで、ぐっすりすやすや寝て、またおなかが空いて泣いての小さなサイクルを日に何度も繰り返して育つ。ただそれだけなのに見ているほうは幸せないい気分。なんだかとても大きな輪、繋がりみたいなものを感じるのです。赤ちゃんが乳を飲む姿、好きだな。
明日にでも東京にもそらからおっぱいふってこないかな。私も飲んでみたいです。 |